後世に国宝を残そう!



名古屋城天守閣 木造復元賛成
後世に国宝を残そう
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「名古屋城天守閣を木造で復元し、旧町名の復活を目指す会」の発足

名古屋城の天守閣を木造で復元する構想を、河村たかし名古屋市長が発表されました。その構想に賛成し、推進するため、「名古屋城天守閣を木造で復元し、旧町名の復活を目指す会」を発足することにしました。

空襲で焼ける前(左)と空襲で炎上する名古屋城

空襲で焼ける前(左)と空襲で炎上する名古屋城

名古屋城は慶長15年(1610年)、徳川家康の命で築城されました。名古屋城は江戸城、大阪城に並ぶ三大天守として全国に名をとどろかせた。しかし太平洋戦争に入り、昭和20年の空襲で、天守閣は本丸御殿ともども焼失してしまいました。

戦後、市街地の復興とともに名古屋城の天守閣再建の機運が高まり、名古屋市民から寄付を募ると2億円近くが集まりました。最終的に総工費約6億円をかけ、昭和34年に鉄骨鉄筋コンクリート造で再建したのが今の天守閣です。

しかしながら、名古屋城天守閣のコンクリートは次第に劣化が目立ち始めました。決定的に問題なのは耐震性です。東海大地震が予想されるこの地域で、現行の耐震基準に照らせば、名古屋城の天守閣はたとえ耐震補強をしても寿命が40年程度しかないのです。いずれにせよ、大規模な再建は避けられないのです。

「どうせ名古屋城の天守閣を建て替えるのならば、木造で」というのは当然の主張です。

名古屋城の天守閣の木造復元に賛成する主旨 その①
“千年後の国宝”を目指そう

昔の名古屋城の内部

昔の名古屋城の内部

徳川御三家筆頭である名古屋は、城で持つと言われています。名古屋城は、名古屋人の誇りです。しかしながら、現在の名古屋城はコンクリートであり、味気ないものです。名古屋人でも名古屋城にあまり行かないのは、そのためだと思います。

これに対して、木造は千年持ちます。法隆寺がその代表です。どうせ建て替えるならば、木造にしたいのは当然です。

名古屋城の天守閣の木造復元に賛成する主旨 その②
城下町の活性化になる

リニア新幹線が開通すると、名古屋はどうなるのでしょうか? すぐ東京に行けるとなると、名古屋が地盤沈下してしまい、結局「東京都名古屋区」になりかねません。

現在の名古屋は、名駅に高層ビルが建ち並び、名駅集中が進んでいます。しかし、それでは名古屋らしさが薄れてしまいます。
名古屋の街は、碁盤割と言われた市街地が中心です。「名古屋城-本町-栄」という南北のラインが栄えることこそ、名古屋らしい発展です。栄地区の活性化こそ必要です。

名古屋城の天守閣の木造復元は、その起爆剤になります。

名古屋城の天守閣の木造復元に賛成する主旨 その③
観光資源になる

名古屋城の天守閣が木造で復元されれば、素晴らしい観光資源になります。名古屋城に登ってみたいと全国各地から名古屋に来る人が増えます。

外国人観光客が名古屋に来る大きなきっかけになります。外国人観光客が多数訪れてくれたら、名古屋全体に経済効果が期待できます。

「名古屋城天守閣を木造で復元し、旧町名の復活を目指す会」発起人
北見昌朗
深田正雄

文責:北見昌朗